福島の被災地を訪問して得られるもの
先日、東日本大震災の被災地・福島県の浜通りを訪問してきました。
ここは震災翌年から2017年頃まで、年に数回程度ですが震災ボランティア活動をした地域です。
活動は南相馬市の小高区という地域が中心でした。
この地域は震災直後に福島第一原発の事故の影響で、居住が制限された区域です。
その制限が解除される過程で、安全が確認された地域で、家や商店の片づけ等の活動していました。
震災直後の避難指示で、多くの方が着の身着のまま避難し、本当に3月11日のままの状態で数年間放置された家がほとんどでした。
当時活動した場所の大半は津波被害の無い家でしたが、それでも家の中は荒れ、野生動物が侵入しているところもあり、とても住める状態ではありませんでした。
自然災害で破壊されたというならば、むしろ自然の驚異ということで理解できたかもしれません。
しかし、原発事故が生み出した現地の状況は、人の気配もなく、ただ周囲一帯が荒廃しているだけという、何とも言えない雰囲気だったのを覚えています。
原子力災害の恐ろしさを伝える「原子力災害伝承館」と、震災遺構「請戸小学校」
その活動から7年近くが経過した今回の訪問。
その後整備されてきた地域の状況を見学したかったのと、周辺を観光するのが目的でした。
震災から10年以上経過し、復興が進む中、被害を伝える資料館や震災遺構が整備されています。
今回私達がまず訪問したのがその一つ、双葉町にある「原子力災害伝承館」です。
ここは、他の地域と異なり、原子力災害をメインテーマとした資料館になります。
町が原子力で発展してきた歴史と、原発事故によって壊滅的な被害を受けた実態が展示されています。
また、震災当日からの原発事故の対策本部の様子など、切迫した様子も再現されていました。
あの時は、震災後数日間で原子力建屋が次々と爆発事故を起こていました。
展示を見ながら、当時の先の見えない不安な日々を改めて思い出しました。
自分の周囲では平穏な生活が戻っていますが、原発の廃炉処理はまだ数十年続く作業なんですね‥
この事実は常に忘れてはいけないことだと、改めて実感することができました。
資料館の見学後は、津波の直撃を受けた校舎が遺構として残されている「請戸小学校」を見学。
ここは平成十年に建てられた比較的新しい校舎でしたが、津波で2階建ての1階部分が水没。
その被害の様子が当時のまま残されています。
震災前の学校生活の様子も展示されており、平穏な日常が一瞬で奪われる恐ろしさを実感しました。
幸いなことに児童たちは、震災当日近くの山に駆け上がって全員無事だったとのことです。
その様子も事細かに残されており、必死に逃げて命を守ることができたという事がわかりました。
見学に来ていた親子が、恐らく震災を知らない小学生くらいの子に、その様子を説明しているのが印象的でした。
こうした遺構は、震災を知らない世代に当時の様子を伝えるという意味でも、重要な役割をしていると感じました。
久しぶりに訪ねた街の様子
その後は実際私たちが活動していた街の中心部を訪問しました。
さすがに最後の活動で訪問した時よりは、復活したり新しく開業したりする店も出ていました。
新しくできたカフェや雑貨店は移住してきた方がオーナーをしている所もありました。
しかし、駅前から延びる道は人通りもなく、周囲は更地が目立ちます。
震災前との比較はできませんが、明らかに他の街とは違う雰囲気で、土曜日の午後でも活気はなく、しんと静まり返っていたのが印象的でした。
近くの商店の人に聞くと、やはり数年間の避難指示で、半分以上の方は戻っていないようです。
いくら住み慣れた街とは言え、数年間も離れれば、生活の基盤も移ってしまうのでしょう。
全国的に見ても、今は地方からの人口流出が進んでいます。
そんな状況の中、一度災害に見舞われた町が復興するには、より一層困難を伴うと思います。
それでも縁あって訪問することになった街。今後少しずつ活気を取り戻して欲しいと思いました。
周辺の観光やお土産の購入など、楽しむことも忘れずに
今回の訪問のもう一つの目的は、有名な富岡町の桜並木を見ることでした。
ここは桜の名所として震災前から多くの人が訪れていた場所でした。
しかし原発事故後は立ち入り制限が続いて、2017年にようやく制限が解除された地域です。
あいにくの雨模様と、今年は桜の開花が遅かったせいか、雨の中の5分咲きの花見となりました。
それでも見事な桜並木で、雨にもかかわらず多くの観光客が来ていました。
ここは是非、満開で天気の良い時にまた訪問したいと思います。
また、今回の訪問では、出来るだけ多くのお土産を購入しようと、道の駅なども多く訪問しました。
お菓子などのお土産の他、野菜や魚など生鮮品まで、地元産の商品を選んで購入しました。
風評被害で大変な苦労をしたと思いますが、福島は農業や漁業の盛んな所です。
今は安全性も確認されているので、安心して購入できます。
周辺の観光地を訪問したり、お土産を買ったり美味しいものを食べたりと、楽しむ要素も必要です。
楽しむことで、その地域の良い所を知ることができます。
そしてそれを多くの方に伝えていけば、微力ながら被災地の支援にもつながるのではないかと思います。
被災地訪問することで得られるもの
こうした被災地訪問では、普段気づかないことに気づくことができます。
たとえば、私たちは普段から、仕事でも家庭でも、忙しく日常生活を送っています。
しかし、被災地を訪問することで、こうした日常生活を送れていること自体、非常に貴重な事だと気づきます。
原発の避難地域では、自分の家があるにもかかわらず、放射能汚染で立ち入りを制限され、いつ戻れるのか、先の見えない生活を強いられた方も多くいらっしゃいました。
現在の能登半島でも、家を失って途方に暮れながら、生活の基盤を取り戻そうと活動している方がいます。
私達もいつそうした災害に見舞われるかわかりません。
大地震への備えをするという考え方はかなり浸透したと思いますが、それで十分とは言えません。
富士山が噴火すれば首都圏全体の機能が麻痺すると言われています。
また、いつ戦乱や大規模テロに巻き込まれるかもわかりません。
こんな事まで考え出したら切りがないというのも確かです。
しかし、原発事故の時に感じたあの何とも言えない不安感を思い起こすことが、今後の大災害に対する危機意識を高めることにつながると思います。
その様な意味でも今回の福島訪問、年度頭の忙しい時期ではありましたが、行くことができて良かったです。
そして残念ながら、桜が満開の時期を外してしまったので、また満開の時期を狙って再訪したいと思います。